ここのところ、働き方改革の一環なのか分からないが、服装のカジュアル化を進める企業が増えている。 仕事で付き合いのある方も、4月から会社の方針でカジュアルが原則になり、今までスーツで通していたのが突然のことで当惑しているとのことだった。服装が自由ならスーツで行ってもいいんじゃないかとも思うのだが、そこは大人の事情のようだ。
ネクタイ・スーツの企業は業績が伸びない
あるファンドマネージャーの方がFacebookで服装がネクタイ・スーツの会社は業績が良くないと投稿されていた。特にコロナ禍以降、在宅ワークが増えているため、出社しない限りまず家でスーツなど着る人はいないだろう。つまり、ネクタイ・スーツが制服のような会社は、それだけで時代の変化に対応できていない可能性があると言うことだ。
「服装は保守的にすること」
今からちょうど10年前、ASAの評価原論の講義を受講した際にテキストにこう書かれていた。「顧客は金融関係や会社経営者など保守的な層が多いので服装は保守的にすること」。 確かに、アロハシャツを着て評価人の名刺を出しても変な奴だと思われるかもしれない。もっとも、現場を見に行く場合にはスーツにネクタイではいけない。ネクタイは機械に吸い込まれて事故になる可能性がある。また、米国人の講師の話では、製鉄所の実際に行く際、ラフな格好で出向いたところ、マンハッタンから来たビジネスマン達に苦言をていされたという。しかし、現場を見に行くと、溶けた鉄が飛んできたりしてビジネスマン達のスーツは穴だらけになってしまったということである。 靴にしても革靴では滑ることがあり、安全靴の着用はマストである。 服装は保守的とはいっても、TPOをわきまえなければ身の安全は確保できない。 しかし、今でもテキストに「服装は保守的にすること」の一文はあるのだろうか?
業績アップのためのカジュアル?
こうなると、おそらく、業績アップのためにカジュアル化などという会社も出てくるかもしれない。しかし、服装を変えただけで会社の文化全てが変わるとは思えない。服装をカジュアルに変えることと業績は必ずしもリンクするものではないし、カジュアルを強制するのでは本末転倒ではないか。 20世紀末に私も"就活"を体験した。リクルートスーツを買いに行くと、紳士服店の店員が、上着はこう出なくてはダメ、ズボンはこう、ネクタイは、ベルトは...と丁寧にしきたりを説明してくれた。その時「どこでそんなことが決まったんですか?」と聞いてみたのだが、「こういう決まりだから仕方がない」としか答えてくれなかった。我々は、良く分からないことでも飲み込んでしまうことが社会人のたしなみだと割り切ったが、どうやらそういう時代は終わったようだ。 そういえば、以前事業仕分けの仕分け人をやったとき、開会式で県知事から「役所は先輩がやってきたことをそのまま受け継ぐ文化がある。ここに無駄が生まれるから外部の視点でもう一度問い直すための事業仕分けだ」という主旨の挨拶があった。11年前のことである。 世の中が物事の意義についてしっかり考える方向に進んでいるのならいいことだが、カタチだけでやっているのなら逆に恐ろしい方向に向かっているのかも知れない。
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