アトキンソン信者?
9月16日に菅内閣が発足した。携帯電話料金の引き下げやデジタル庁の創設といった看板政策を掲げているが、中小企業政策の行方がホットな議論になっている。 口火を切ったのは日刊工業新聞社 ニュースイッチのこの記事だ。
菅首相はアトキンソン信者、中小企業に再編圧力|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社 https://newswitch.jp/p/23877
「アトキンソン」というのは、イギリス出身で小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏のことである。小西美術工藝社は日本の国宝や重要文化財などを補修している会社であり、日光東照宮の修復も手掛けたという。そのため、日本の文化政策や観光政策について積極的に提言を行っているが、近年では日本の中小企業政策に対する持論も展開されている。
デービッド・アトキンソン氏とは静岡県の事業レビューの際に一度お目にかかって、静岡県庁の廊下で少し立ち話させて頂いたことがあるが、とにかく舌鋒鋭い。
JRグループが各地の自治体と連携してディスティネーションキャンペーンを展開しているが、このキャンペーンには自治体も補助、助成を行っており、自治体におんぶに抱っこになっている運輸業界を痛烈に批判されていた。また、日光東照宮の修復の際にはいちばん恩恵を受けるはずの大手鉄道会社が全く寄進しなかったことを、講演で指摘し、後日その鉄道会社が寄進したというエピソードまで伺った。
日本人がこんなことを言えば袋叩きに遭って社会的に抹殺されるが、外国出身者が言うから説得力があるという、これまた極めて日本的なパターンなのかも知れない。
日本経済再生の仮説
アトキンソン氏は中小企業の再編による競争力の強化や、生産性の向上、賃金の上昇により日本は国際競争力を回復できると主張している。
「日本の宝・中小企業」をイジメる菅総理は、「悪」なのか - ITmedia ビジネスオンライン https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2009/22/news013.html
アトキンソン氏の主張は今のところ仮説の域を出ないが、説得力はある。上がらない生産性による賃金上昇の停滞によって日本人の購買力は確実に落ちていることは間違いないし、国際的に見れば小さくてかつ縮小していく市場でパイの取り合いをするのであるから、絶望的レッドオーシャンである。 小学校の社会科で習った「日本は加工貿易の国である」というキーワードは幻想であることをデータで示しており納得出来るところも多い。
しかし、ネット上の論争を見ていると、感情的、情緒的なものや人格否定のようなものが多く、まともな議論が少ないことが残念である。
中小企業政策の現状と課題
中小企業政策の転換の話は少し前くらいから複数の筋から話を聞いている。 今回の論争を聞いていると美味しい思いをしているのは誰か、泣かされるのは誰かというような話が多いが、むしろ、このまま行くと中小企業が存続できないような社会環境になるという危機感がそうさせているという話を聞く。
例えば、賃金にしても高齢化と人口減少が進み、労働力が減少する中で労働力を確保するためにはそれなりの出費は覚悟しなければならなくなる。それに耐えられるのは高い付加価値を得ることのできる企業である。国際社会に目を転じれば、食糧や鉱物資源、化石燃料などの資源の枯渇も懸念されている。資源の減少は価格の上昇や生産体制の転換を迫るものだから、対応できる資金力やマンパワーが必要になる。
また、これまでの日本の金融取引の慣行で、経営者が個人保証によって借金漬けになり、逃げ場がないという弊害が起こっていた。景気が悪くなれば自殺に追い込まれる経営者も増える。こうした中で起業しようとする人はなかなか現れない。失敗しても立ち直れるチャンスを作るためにはセイフティネットが必要で、今までの中小企業とは異なる資金調達の道を開く必要もある。
他方では大企業になる実力を兼ね備えている企業が、中小企業の優遇策を受けるために資本を中小企業の枠のぎりぎりのところで留めているようなケースもある。
こうした状況下では、雇用を守る名目で中小企業を守る政策ではアウトカムが期待できず、時代の変化に即応できない弊害の方が目につく。むしろ骨太な強い会社を育てる方に発想を転換していかなければならないという空気が強くなってきているというのである。
中小企業政策の今後
寡聞ではあるが、持ち合わせている情報から考えると、中小企業に対する政策が今後変化する可能性は高いと思われる。どんなスピードでどこまでになるかは分からないが、厳しいハードルは覚悟しなければならないだろう。 逆にそれを乗り越えなられないとなるといくら政府の補助があっても生き延びられるのは難しいのではないだろうか。
フロンティア資産評価研究会 松浦 英泰
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